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広島高等裁判所 昭和57年(う)148号 判決 1983年1月20日

主文

原判決を破棄する。

本件を山口地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人秋山正行作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は、要するに、原判決の量刑不当を主張するものである。

しかし、所論に対する判断に先立ち、職権をもって調査するに、原判決には次のような訴訟手続の法令違反、理由不備の違法があり、破棄を免れない。

記録によれば、本件起訴状の公訴事実第二は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五七年一月五日一一時一四分ころ、山口県公安委員会が道路標識及び道路表示によって指定通行帯を設けた下関市秋根町大平楽前交差点において普通乗用自動車を運転して直進するにあたり、直進通行帯を通行せず、右折通行帯を通行直進した」旨のもので、故意による指定通行区分違反の罪(道路交通法一二〇条一項三号、三五条一項、四条一項)にあたる事実であるところ、原判決は、訴因変更の手続がなされていないのに、右の公訴事実の「直進するにあたり」とある次に、「過失により」と付加して公訴事実を引用し、過失による指定通行区分違反の罪(同法一二〇条二項、一項三号、三五条一項、四条一項)にあたる事実を認定判示していることが明らかである。

しかし、故意による指定通行区分違反と過失による指定通行区分違反とは構成要件が別個で事実関係に差異があり、被告人の防禦の範囲、重点の置き方を異にするのであって、故意による指定通行区分違反の訴因に対し、過失による指定通行区分違反の事実を認定することは、訴因として記載された事実より縮少された事実を認定する場合にもあたらない。また、記録を精査しても、本件が訴因変更の手続をとらないで過失による指定通行区分違反の事実を認定しても、審理の経過にかんがみ被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼすものではない場合にあたるとは認められない。してみると、本件の場合、過失による指定通行区分違反の事実を認定するためには訴因変更の手続を要するものというべく、原審がその手続がなされていないのに右の事実を認定したのは、訴訟手続の法令に違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

のみならず、原判決は、右の事実について、「罪となるべき事実」を判示するにあたって、前にみたように、被告人が前記交差点において直進するにあたり、「過失により」直進通行帯を通行せず、右折通行帯を通行直進した旨を判示するにとどまり、過失の内容を全く判示していない。過失犯を認定するにあたっては、注意義務の内容及びこれを懈怠した事実を具体的に判示する必要があるのに、過失の内容を全く判示していない原判決には理由不備の違法があるというべきである。

そして、原判決は、右の過失による指定通行区分違反の罪と原判示のその余の罪とを併合罪とし、一個の刑を科しているのであるから、原判決は論旨(量刑不当の主張)に対して判断するまでもなく、全部破棄を免れない。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号、三七九条により原判決を破棄し、右の指定通行区分違反について故意犯が成立するか否か、過失犯について判断する場合には、過失の具体的内容を明確にして訴因変更の手続を経由したうえ、右の訴因について当事者に攻撃防禦の機会を与えるなど更に審理を尽くさせる必要があるので、同法四〇〇条本文により本件を山口地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 荒木恒平 竹重誠夫)

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